アマチュア無線家JH0ILLのつぶやき

ある日、突然、アマチュア無線を再び、やってみようと思い付き、十数年ぶりに再開した無線局のつぶやき。

電話級時代のハムライフ2

・・・前日の続き。
始めての交信は、誰でも同じだと思うが、正に手に汗握るという感じである。それが、今も記憶に残るQSOになる。同じ市内、今でいえば3km程度しか離れていないのに、信号強度はS7程度、こちらのアンテナがいかに貧弱であるかとは思うが、とても新鮮な感じである。それから、21MHzで4~5局、いままで短波ラジオで聞いていた各局と挨拶ができる。殆どが学生、いいアンテナを持っている人で5バンドバーチカル、それ以外はワイヤーのダイポール系が殆どである。たまに、218Cなどを持っている局がいて、カスカスのDXに対して、59のレポートを送っているのを聞いて、ただ、羨ましいという思いばかりであった。
先に開局した友人のJH0H××局と無線クラブをつくった。そして、文化祭にはアマチュア無線の公開運用を行った。珍しさもあり、結構人気があったことを覚えている。その友人は、とうとう、彼の自宅の屋根の上にアンテナを上げることになった。もちろん、私も手伝いにいき、ルーフタワーを屋根に上げ、その上に当時TETの21MHz用スイスクワッドを上げた。スイスクワッドは、キュービカルクワッドの位相給電のもので、ビームもそこそこに切れ、何といっても耳が格段に良くなったようだ。10W機であっても、アンテナが良くなると飛びは凄く改善される。私はただただ、羨むだけ。アンテナハンドブックを買って、自分に出来るアンテナを作ろうとした。幸い、農家でもあり、長芋用の竹竿が沢山あった。その竹竿とビニールテープを用いて、アンテナを作成していった。最初のビームアンテナは、ZLスペシャルで、平行フィーダを使って、長さを図に合わせて、切って貼ったようなアンテナである。飛びは良く判らないけど、低いアンテナにも関わらず、21MHzで初めてのDX、VK局と交信ができた。とても嬉しくって、QSLが届くのを待ちに待った記憶がある。その後、機会があるときに、3エレデルタビームまでをつくった。このデルタビームは非常に良く飛んだ?風に。
このような訳で、アンテナハンドブックを座右の書として、色々なアンテナを作っては壊しを続けた。朝方の21MHzの北米局を毎日聞き、呼んでも全く応答がなく、さびしい日々を過ごしたが、いつかはこのような局と無線をしたいという希望があった。
電信級時代のハムライフに続く・・・。

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