アマチュア無線家JH0ILLのつぶやき

ある日、突然、アマチュア無線を再び、やってみようと思い付き、十数年ぶりに再開した無線局のつぶやき。

電信級時代のハムライフ

私は、約40年前に、アマチュア無線を始めた。当時は、電話級、電信級、2級、1級という資格があり、電話級は1.9MHz,14MHzを除く出力10Wでの電話での運用が認められた。また、電信級は、14MHzを除く出力10Wでの電信のみの運用が認められていた。電信級は、電信のみの運用なので、よほど変わった方?でない限り、通常は電話級からの取得となった。私も、電話級で開局、2年後に電信級を取得した。当時の電信級の国家試験には、電気通信術があり、1分間25文字の欧文モールス信号の送受信が試験にあったと思う。それにプラスして、通常の電話級と同じような工学・法規が試験にある訳だから、電信級は電話級の次に取得するのが一般であった。
25文字のモールスを覚えるのは、通常、カセットテープを入手して、毎日、30分程度の聞き取り練習、送信練習をした。国家試験で合格通知が来たら、変更届を出し、A1モードを免許に追加して頂いた。免許が来るまでの間、1分間25文字の速度を1分間45文字程度までに向上することが難儀であった。当時は、7.025MHz以上の辺や21MHzの少し上の方は、そういう人向けのエリアであったので、いつも聞いて、耳を慣らしていた。
免許が来て、早速、7MHzにQRV、既に45文字ぐらいまでの速度には対応できていたので、ゆっくり打ってもらえれば何とかとれるようになった。
それから、電信が楽しくって、144MHzのFM以外は、電信しか出なくなった。ひとつの理由は、10Wに低いアンテナでのSSBでは中々QSOできず、結局、電信が一番、出来ることが分かったためである。当時は、エレキー自体が高くて、購入できなかったので、安い縦振り電鍵が当たり前の使用であった。
その後、21MHzのフルサイズのグランドプレーンを屋根の上に上げた。釣りで使っていた4mの竿を使って、テレビの屋根馬に差し込み、その竿に3.5m程度のビニル線を付けたもので、グランドプレーンとして、8本程度のビニル電線を張る。調整は、同軸ケーブルの切れ端をオープンスタブとして利用した。地上高7m程度のGPであるが、とても良く飛んだ。朝方の北米、夕方のEUが嘘のように良くできた。CQを出せば、10Wでも呼んできた。リグはTS-520V、正真正銘の10Wである。

私は今でも、そのころの興奮を覚えている。ノイズの海の上に、QSBを伴った信号が浮かび上がって聞こえる。そんな、彼方からの信号をとらえて、自らの弱い信号を海外に送り、交信を行う。アマチュア無線の醍醐味のひとつである。

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